はじめに
平成の音楽シーンを語るうえで、「GLAY」という名前を外すことはできませんよね。そのGLAYの屋台骨として、楽曲のほとんどを生み出し続けてきたのがギタリストのTAKUROです。派手に前へ出るタイプではないのに、いつの間にか心に残る歌詞とメロディ。その裏側には、彼ならではの生い立ちや価値観、そして膨大な音楽的インプットがあります。
本記事では、TAKUROの基本プロフィールから、GLAY結成の物語、他アーティストへの楽曲提供やプロデュース活動、社会貢献、ソロ名義での作品、さらに愛用してきたギターの数々まで、できるだけわかりやすく整理してご紹介します。「曲は知っているけど、どんな人なのかはあまり知らない」という方はもちろん、「ずっとGLAYが好きで、TAKUROのことをもっと深く知りたい」という方にも楽しんでもらえる内容を目指しました。
読み進めていくうちに、あの名曲の裏にあるエピソードや、ステージ上では見えにくいTAKUROの人柄が、少しずつ立体的に見えてくるはずです。平成という時代を支えたロックバンドの“頭脳”がどんな景色を見てきたのか、一緒にたどっていきましょう。
第1章:基本情報と役割
■ 生い立ちと基本プロフィール
TAKURO(本名:久保琢郎)は、1971年5月26日生まれ、北海道函館市出身。身長182cm、血液型はO型です。母親がシャンソン歌手だったこともあり、幼い頃から音楽に触れる環境で育ちました。その一方で家庭は決して裕福ではなく、後に「Yes, Summerdays」の印税で母親の借金を完済したエピソードは、ファンの間でもよく知られています。
■ GLAYでの役割
GLAYの楽曲のほとんどを作詞・作曲しているのがTAKUROです。ギターだけでなく、ピアノやキーボード、コーラスまで担当し、ライブでもバンドサウンドの要となる存在。彼が紡ぐ言葉やメロディには、日常のリアルな感情や風景が色濃く反映されており、ほかのメンバーが「私生活丸出し」と笑うほど、素直でまっすぐな創作スタイルが特徴です。
■ ロサンゼルス在住の理由
現在は家族と共にアメリカ・ロサンゼルスに在住。2018年頃、子どもたちの教育環境を考えて移住を決め、その後も日本とアメリカを行き来しながら音楽制作やライブ活動を続けています。海外にいながらも創作のペースは変わらず、むしろ「新しい空気がインスピレーションになる」と語ることもあります。
■ 自主レーベルの代表として
GLAYの自主レーベル「loversoul music & associates(LSG)」の代表取締役も務めています。これにより、バンド活動の幅が大きく広がり、自由度の高い作品作りや企画展開が可能になりました。

音楽家としてだけでなく、経営的な側面でもGLAYを支えているのがTAKUROという存在です。
第2章:TAKUROの生い立ちと音楽的形成
■ サッカー少年から音楽へ──転機となった“ラジオ”
TAKUROは中学時代、サッカー部でレギュラーを務めるほどの活躍をしていました。しかし、大会直前に放送された「ビートルズ特集」のラジオをどうしても聴きたいという理由から、なんと自主退部を選ぶことになります。この大胆な決断こそ、彼の人生が大きく音楽へ傾いていく最初のターニングポイントでした。
■ ジョン・レノン、尾崎豊、ブライアン・アダムスから受けた影響
彼が影響を受けたミュージシャンとして特に挙げるのが、ジョン・レノン、尾崎豊、そしてブライアン・アダムス。どのアーティストにも共通するのは、心の奥にある叫びや弱さを真っ直ぐ音に乗せる表現スタイルです。TAKUROの歌詞に流れる“繊細さと強さの同居”は、ここから受け継がれていると言えるでしょう。
■ 創作のルーティン──英和辞典と烏龍茶
TAKUROは曲作りの時、必ず英和辞典と烏龍茶を用意すると公言しています。穏やかなリズムでページをめくりながら、言葉を探し、曲の世界観を膨らませる──そんな創作の風景が浮かぶエピソードです。日常的な習慣が、そのまま音楽の芯になっているのが彼らしいところですね。
■ 貧しさの中で育まれた感性
幼少期は決して恵まれていたわけではなく、家計を支えるために母が懸命に働く姿を見ながら育ちました。その経験は、のちに楽曲のテーマにも色濃く反映されます。

努力する人、傷ついた人、夢を追う人──TAKUROの言葉が、多くのファンの心に深く響く理由は、この原体験にあるのかもしれません。
第3章:GLAY結成からメジャーデビューまで
■ 幼なじみから始まったバンドの原点
GLAYの物語は、函館で過ごした幼少期から始まります。TAKUROとTERUは小学校・中学校の同級生で、地元の空気の中で友情を育んできました。高校生になるとHISASHIと出会い、1988年に3人でGLAYを結成。まだ無名ながらも、地元ライブハウスで少しずつ支持を集めていきます。
■ 上京と苦労の時代──3か月で辞めた会社員生活
1990年、高校を卒業したTAKUROとTERUは「音楽で生きていく」という決意を胸に上京します。しかし現実は厳しく、生活のために会社に就職したものの、わずか3か月ほどで退職。その後は警備会社などで働きながら、音楽活動の時間をなんとか捻出していく日々が続きました。
この時期の苦労があったからこそ、のちの成功に対する感謝や謙虚さが育まれたといえるでしょう。
■ 運命の出会い──JIRO加入でGLAYが完成形に
1991年、ライブを通じてJIROと出会い、正式加入。現在の4人体制が整ったことで、GLAYのサウンドは一気に完成度を増していきます。TAKUROが描くメロディ、TERUの声、HISASHIのギター、そしてJIROのベース。それぞれの個性が噛み合い始めた時期です。
■ YOSHIKI(X JAPAN)に見いだされ、運命が動き出す
転機は1994年。X JAPANのYOSHIKIがGLAYの音楽性に目を留め、彼らをプラチナム・レコードからデビューさせることを決断します。この出会いが、地方のバンドが全国区へと羽ばたく大きなきっかけとなりました。
■ メジャーデビューシングル「RAIN」
1994年5月25日、GLAYはシングル「RAIN」でメジャーデビュー。暖かさと切なさが同居したメロディ、当時のロックシーンには珍しい“透明感のあるバンドサウンド”が評価され、徐々にファン層を拡大していきます。
■ ここで紹介したい1枚:GLAYの歴史を総覧できるベスト盤
GLAYの活動の始まりを紹介したこのタイミングは、彼らの初期〜黄金期をまとめて聴けるベスト盤を紹介するのに最も自然で効果的です。
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第4章:プロデュース・楽曲提供・共作活動
■ 女性アーティストの魅力を引き出すプロデュース力
TAKUROはGLAYの活動だけでなく、他アーティストのプロデュースでも高い評価を受けています。1997年にはMiju、1998年にはRomiの作品をプロデュースし、彼女たちの個性を引き出した柔らかいメロディづくりがファンに支持されました。
また、1998年の中山美穂「LOVE CLOVER」「empty pocket」、2005年の渡辺美里「Kiss from a rose」、2006年の中島美嘉「一色」「EYES FOR THE MOON」など、時代を象徴するアーティストへの楽曲提供も多数行っています。
■ B’z 松本孝弘との共作「ENGAGED」
ギタリストとしての幅の広さを示したのが、B’zの松本孝弘のソロアルバム『華』に収録された「ENGAGED」。松本とTAKUROという国内トップレベルのギタリスト2人が共作し、緻密で奥行きのあるサウンドが高く評価されました。
■ ZERO LANDMINEと社会的メッセージ
2001年、坂本龍一を中心とする地雷除去支援プロジェクト「ZERO LANDMINE」に参加。ギターとして名を連ね、音楽で社会問題に向き合う姿勢を鮮明にしました。この頃から、TAKUROの創作には「音楽は社会とつながるべき」という考えがより強く表れるようになります。
■ STEALTH、AUDIO 2 AUDIOでの実験的な活動
C4のTOKIとのユニット「STEALTH」では、GLAYとは異なる攻めた音楽性に挑戦。さらに、HISASHIとの「AUDIO 2 AUDIO」名義では映画音楽やサウンドトラック制作にも参加し、TAKUROの「音で世界を描く力」が発揮されました。
■ 近年の楽曲提供──A.B.C-Zや大泉洋まで幅広く
2020年代に入っても活動は勢いを増し、A.B.C-Z(2021年)、EXILE THE SECOND(2024年)、大泉洋(2024年)、美川憲一(2024年)、そして氷川きよし(2025年予定)など、多種多様なアーティストに楽曲を提供しています。まさに時代を越えて求められるソングライターの姿です。
■ 社会貢献活動と受章
TAKUROは音楽活動の枠を超えて、社会貢献にも積極的です。2003年にはイラク戦争に反対する個人サイトを立ち上げ、音楽家としての立場から平和を訴えました。また、2022年以降はウクライナ人道危機救援、トルコ・シリア地震、台湾地震などに継続して寄付を行っています。

その功績が認められ、2023年・2024年に紺綬褒章を受章。音楽と社会を結ぶ姿勢は、今の彼を語る上で欠かせないテーマです。
第5章:TAKUROの人物像・哲学・交友関係
■ “私生活丸出し”と言われるほど素直な作詞スタイル
TAKUROの歌詞は、メンバーから「私生活丸出し」と冗談交じりに指摘されるほど、日常の感情がそのまま反映されています。恋愛、家族、孤独、未来への不安……決して飾らず、届いたままの言葉で表現する姿勢こそ、GLAYの楽曲が多くの人の心に刺さる理由でしょう。
とりわけ「HOWEVER」「Winter,again」「BE WITH YOU」などの名曲には、彼自身の経験や感情が深く刻まれており、聴く人の人生と重なって見えるような普遍性があります。
■ メンバーとの関係性──深い信頼でつながる4人
TAKUROとTERUは幼なじみで、物心つく前から互いをよく知る関係です。TERUが「GLAYを一番好きなのはTAKUROだと思う」と語るほど、バンドに対する情熱は並外れています。JIROとは加入前から音楽仲間として交流があり、HISASHIとは企画やアイデアの信頼関係が厚く、TAKUROの長文メールをほとんど読まずに“支持”することもあると笑い話として語られます。
4人の関係は、仕事仲間というより家族に近い距離感で、GLAYが長く続く理由のひとつになっています。
■ 幅広い交友関係──音楽界・芸能界に広がる人脈
B’zの松本孝弘とはギタリストとしての敬意と友情があり、共作を通じて互いに刺激を与え合う関係。C4のTOKIとはSTEALTHでの活動を通じて強い信頼を築いています。また、ロックバンドJUDY AND MARYのボーカリストYUKI、氣志團の綾小路翔とも親交が深く、ジャンルを超えた交流がTAKUROの音楽の幅を広げています。
さらに、プロ野球選手の青木宣親からは登場曲制作を依頼されるなど、スポーツの世界にまでその人脈は広がっています。音楽を通じてさまざまな文化・分野とつながる姿は、TAKUROの柔軟さと懐の深さを感じさせます。
■ 音楽を続けるための哲学──“やるべきことに時間を使う”
SNSについてTAKUROは、「目の前の人を大切にできない使い方には違和感がある」と語ったことがあります。便利なコミュニケーションツールだからこそ、使う側の姿勢が問われるという考え方です。

また、「やるべきことに時間を使う」という彼の言葉は、膨大な作詞・作曲を続けてきた活動スタイルを象徴しています。名曲の裏側には、派手さのない日々の積み重ねがある──そんなまっすぐな哲学が、TAKUROらしさを形作っています。
第6章:ソロ作品で見える“TAKUROそのもの”──インストゥルメンタルの世界
GLAYの作詞作曲家として圧倒的な存在感を放つTAKUROですが、ソロ名義で発表しているインストゥルメンタル作品では、さらに深い音楽性を味わうことができます。歌詞がないぶん、彼の感じてきた景色や感情がそのまま音になり、静かに胸へ沁み込んでいくような作品ばかりです。
■ Journey without a map(2016)
ロサンゼルスでの制作を中心に仕上げた1作目。ジャズやブルースのテイストが漂い、都会の夜やロードムービーのような空気感がそのまま音になっています。「地位や名声より、“音”そのものを追いかけたい」というTAKUROの姿勢が強く表れたアルバムです。
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■ Journey without a map II(2019)
続編となる今作は、さらに深く“旅”をテーマにした音作り。静かな夜の風景から、広い海沿いの道、陽の光が差し込む朝まで……音が導く情景がとても豊かです。ギタリストとしての技術よりも、「どう伝えるか」を優しく描いたような作品です。
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■ The Sound Of Life(2022)
タイトル通り“人生の音”をテーマにしたような、柔らかくて奥行きのある作品。ギターとピアノの対話がとても美しく、穏やかに心を整えてくれるようなアルバムです。感情を言葉ではなく音で語るTAKUROの真骨頂と言えるでしょう。
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どの作品も、GLAYファンだけでなく、落ち着いた音楽を好む人、仕事や読書のBGMを探している人にもぴったりです。歌詞のないTAKUROは、まるで映画監督のように“音で物語を描く人”だと気付かされます。
第7章:著書『胸懐』とTAKUROのメッセージ性
■ 自叙伝『胸懐』に刻まれた“原点”
2003年に刊行された自叙伝『胸懐』は、TAKUROという人物を深く理解するうえで欠かせない1冊です。函館での少年時代、貧しさの中でも夢を追いかけ続けた日々、GLAYとして走り抜けた激動の90年代、そして戦争に対する強い思いまで──丁寧に綴られています。
特に印象的なのは、母親への想いや音楽への向き合い方。華やかな成功の裏側にある葛藤や努力が、まっすぐな言葉で書かれており、読むほどにTAKUROの楽曲の背景が鮮明に見えてきます。
■ 音楽と社会を結ぶ“まなざし”
TAKUROは決して派手に主張するタイプではありませんが、社会問題に対して真剣に向き合い、自分の言葉で発信してきました。イラク戦争に反対するサイトを立ち上げた行動力、紺綬褒章に繋がった継続的な寄付活動──そのどれもが、彼の「誰かを思う想像力」から生まれたものです。
音楽はもちろん、日常のふとした優しさや気遣い、社会への視線。その総体としての“TAKURO”が見えるのが、この章で触れるべき大きなポイントです。
■ 創作の背景を知ると、楽曲がもっと近くなる
GLAYの歌詞やメロディに共感を覚える理由は、華やかなロックスターではなく、ひとりの人間としての痛みや喜びをそのまま書いているから。『胸懐』には、その原点が静かに息づいています。

この本を読むことで、何気なく聴いていた曲の意味が、驚くほど深く感じられるようになるはずです。
第8章:使用ギター徹底解説──“音のルーツ”をたどる
TAKUROを語るうえで欠かせないのが、彼が愛してきたギターたちです。どのモデルにも明確な理由があり、楽曲ごとの世界観に合わせて選び抜かれています。ここでは、代表的なギターを中心にその特徴とエピソードを紹介します。
■ Gibson Les Paul Custom──重厚で艶のあるメインギター
1996年以降は1968年製のLes Paul Customを中心に使用。その後、1975年製や、ピックアップを3基搭載した1959年製“ブラック・ビューティー”などもステージに登場します。厚みのある太い音が魅力で、GLAYの壮大なバラードから力強いロックまで幅広く支える主力モデルです。
■ Gibson Les Paul Standard──黄金期サウンドを支えた名器
TAKUROは、ヴィンテージ市場で最も評価の高い1959年製Les Paul Standardを5本所有しています。中でも有名なのがシリアルナンバー「9-1998」。B’z 松本孝弘の勧めで入手した一本で、ビグスビー・ユニットが出荷時から搭載されている非常にレアな個体です。
また、1974年製Les Paul Deluxeは故・佐久間正英氏から譲り受けたギターで、TAKUROが“ブルージーなソロ”を弾き始めるきっかけにもなった特別なモデルです。
■ Journeyman(SGCrafts)──オーダーメイドで磨かれた個性
プロデューサー佐久間正英が手掛けたSGCraftsによるカスタムモデル「Journeyman」シリーズ(TKR-01〜09)は、TAKUROのステージでも高い頻度で使用されます。ストラト型、テレキャスター型、ダブルカッタウェイなど多彩なラインナップがあり、とくにTKR-04はライブでの登場回数が多い一本として知られています。
■ Fender──“原始の音”と語るヴィンテージの魅力
初めて手にしたヴィンテージギターは1964年製Jazzmaster。TAKUROはこのギターを「土屋マジックも含めて最高の音像」と評しています。また、1954年製Stratocasterについては「まさに原始の音」と表現しており、フェンダーのシンプルで抜けの良いサウンドが創作の刺激になっていると語っています。
さらに、Jimmy Page Signature Telecaster(Mirror / Dragon)も愛用。レジェンドへのリスペクトが感じられる選択です。
■ Epiphone Casino──ジョン・レノンを象徴する一本
ビートルズ好きのTAKUROらしく、Epiphone Casinoも複数所有しています。特に1970年製Casinoには、なんとオノ・ヨーコのサインが入っているという特別すぎる一本。音楽的にも精神的にも、彼にとって大切なギターのひとつです。
■ アコースティックギター──表現の幅を広げる相棒
アコギではGibson J-200(1957年製)をメインとして使用。ふくよかで煌びやかな音が特徴で、ライブのアコースティックコーナーでもよく登場します。また、「BELOVED」のレコーディングから使い続けているGibson J-50(1965年製)もあり、こちらはより温かく素朴な響きが魅力です。
こうして見ていくと、TAKUROが選ぶギターはどれも“音の物語”を持っています。GLAYのサウンドが深く豊かに感じられる理由のひとつは、その背後にあるギターへのこだわりにあるのかもしれません。
第9章:後期GLAYの進化と現在の活動
2010年代以降のGLAYは、バンドとして成熟しながらも挑戦を続けてきました。ジャンルの幅を広げ、国内外での制作体制を整え、デビュー30周年に向けて多彩な表現を展開しています。TAKUROはその中心で、変化を恐れず新しい風を取り込み続けています。
2020年代に入っても制作意欲は衰えず、海外アーティストとのコラボや新たなツアー演出など、GLAYは現在進行形で進化中。積み重ねたキャリアの中に、新しいチャレンジを自然に溶け込ませていく姿勢が、長年のファンからも高く評価されています。
■ 現在を総括するのに最適なベスト盤
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この一枚があれば、GLAYが成熟したバンドとして歩んできた10年以上の歴史を、一気にたどることができます。
まとめ
TAKUROは、GLAYのリーダーとしてだけでなく、作詞作曲家、ギタリスト、プロデューサーとして多面的な才能を発揮してきました。函館での原体験、仲間との絆、音楽への飽くなき探求心、社会へのまなざし──そのすべてが彼の音楽に宿り、私たちの心を動かしてきた理由につながっています。
ソロ作品や愛用ギターの背景を知ることで、これまで聴いてきた楽曲がより立体的に感じられるはずです。TAKUROという人物を深く知れば知るほど、GLAYの音楽がもっと好きになる……そんな発見を楽しんでもらえたなら嬉しいです。
そして彼は、過去にとらわれず常に現在と未来を見つめるアーティストです。変わり続ける時代の中でも、“自分の音”を追い続ける姿勢こそ、TAKUROの魅力そのものではないでしょうか。
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よくある質問
- QTAKUROの楽曲制作量はどれくらい?
- A
GLAYのほぼ全楽曲を手掛けており、シングル・アルバム曲・提供曲を含めると、国内アーティストでもトップクラスの制作量になります。バンドを支える“作曲エンジン”としての存在感は圧倒的です。
- QTAKUROの音を再現するにはどんなセッティングが必要?
- A
レスポール系ギターに中域をしっかり出すアンプ設定が基本。歪みは強すぎず、芯のある太い音を意識するとTAKUROらしさが近づきます。バラードではクリーンに少しだけ温かみを足すトーンが好相性です。
- Qソロ作品とGLAY、どちらから聴いた方が良い?
- A
初めて聴くなら、GLAYのベスト盤で全体像をつかんでからソロ作品へ進むのがおすすめ。歌詞の世界観を知った後にインスト作品を聴くと、より深くTAKUROの“音の物語”を味わえます。



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