GLAYのボーカリストとして長く愛され続けているTERUさん。爽やかで温かい歌声や、ステージでのまっすぐな姿が印象的ですよね。私自身もGLAYの曲に元気をもらった一人で、「どうしてこんな魅力的な人になったんだろう?」と気になって調べ始めたのがこの記事を書くきっかけでした。
この記事では、TERUさんの人物像・経歴・参加作品・使用ギター・芸術活動を丁寧にまとめています。GLAYをよく知っている方はもちろん、「最近また聴き始めたよ」という方や、「平成の音楽を振り返りたい」という方にも楽しんでいただけるはずです。
読み進めていくと、バンドの裏側や社会貢献活動、そしてアーティストとしての深いこだわりまで、TERUさんの新しい一面がたくさん見えてきますよ。肩の力を抜いて、気軽に読み進めてみてくださいね。それでは、TERUさんの魅力を一緒にたどっていきましょう♪
TERUの基本プロフィール
まずは、TERUさんの基本的なプロフィールから見ていきましょう。どんな環境で育って、どんな人柄なのかを知ると、音楽に込められた想いや言葉の重みがより伝わってきますよ。
- 本名:小橋 照彦(こばし てるひこ)
- 生年月日:1971年6月8日
- 出身地:北海道函館市
- 血液型:O型
- 学歴:北海道函館商業高等学校 卒業
- 愛称:テッコ
本名の「照彦」という名前は、なんとお母さんが西郷輝彦さんのファンだったことから付けられたそうなんです。なんだか愛情を感じるエピソードですよね。
ご家族はご両親、姉、妹の5人家族。家庭環境も明るく、のびのびと育ったことが伝わってくるようです。
そして有名なのが、TERUさんの運動神経の良さ。中学時代は野球部、高校ではサッカー部に所属し、2013年からはJIROさんと一緒にフットサルを楽しんでいます。現在では「TFA」というチームで活動しているほど本格的なんですよ。
プライベートでは、PUFFYの大貫亜美さんが奥さまで、2002年にご結婚。2003年には女の子が誕生し、家庭でも優しいパパとして知られています。
ゲーム好きの一面も魅力で、特に好きなのはモンスターハンターシリーズやファイナルファンタジーXIV。FF14では「Mukky Queen」というキャラ名で活動しているんですよ。こういう趣味の話を聞くと、ぐっと親近感が湧いてきますよね。

さらに、北海道日本ハムファイターズや北海道コンサドーレ札幌のファンでもあり、地元愛がとても強い方なんだと感じます。
TERUの人物像をもっと深掘り
プロフィールだけでは見えてこないのが、人柄や普段の雰囲気ですよね。ここでは、ファンやメンバーが語るTERUさんの魅力に、少しだけ踏み込んでみたいと思います。
● 明るくてフレンドリーな“みんなの兄貴”タイプ
TERUさんは、とにかくコミュニケーション能力が高いことで有名です。初対面の人にも壁を作らないタイプで、自然に距離を縮めてくる“あったかさ”があります。だからこそ、漫画家の尾田栄一郎さん、HIDEさん(GRe4N BOYZ)、DAIGOさん、俳優の武田真治さんなど、交友関係が広いのも納得です。
● 天然で愛されるキャラクター
ファンの間でもよく話題になるのが、TERUさんの“天然”キャラ。本人は「TERU語録の4割はTAKUROが作ったもの」と笑って話していますが、ステージやMCでのちょっとした言い間違いも、むしろ愛されポイントなんですよね。
● 芸術家としての一面も
GLAYのマスコットキャラクター「ズラー」が、実はTERUさんの落書きから生まれたことはご存じでしたか?ライブグッズやイラストの世界観を見ると、柔らかい線やユニークな表情が特徴的で、アーティストとしての感性が光っています。
● 料理上手でメンバーも絶賛
TERUさんは料理がとても得意で、メンバーもその腕を絶賛しています。好きな食べ物は「鶏の唐揚げ」。ぜひ食べてみたい…とつい想像しちゃいました。
● 地元・北海道への深い想い
ライブやインタビューでもよく「地元の仲間」「函館」という言葉が出てくるように、北海道への愛情は本当に深いんです。最近の活動でも、函館ゆかりのイベントや作品作りがいくつも登場しています。
GLAY結成とボーカル転向のストーリー
ここからは、TERUさんがどのようにしてGLAYの“顔”であるボーカリストになったのか。その道のりをたどってみましょう。ドラマーとして音楽を始めた彼が、奇跡のような流れでボーカルへ転向したエピソードは、ファンの間でも特に人気のある物語なんです。
● 1987年:ドラマーとして音楽をスタート
小・中学校で一緒だったサッカー部の先輩に誘われ、聖飢魔IIのコピーをするバンドにドラマーとして加入したのが音楽の原点。ただし当時はドラムセットがなく、親戚のスナックの椅子を並べて叩いていたという可愛いエピソードも…♪
● 1988年:TAKUROに誘われ「GLAY」を結成
ここからTERUさんの音楽人生が大きく動き出します。当初はドラマーとしての参加でしたが、バンドの方向性を支える重要メンバーとして活動していきます。
● 転機:偶然録音された“神がかった声”
物語のハイライトとも言えるのが、TAKUROさんが家に置き忘れたデモテープに、TERUさんが何気なく歌声を吹き込んだこと。その声を聴いたTAKUROさんが「これはボーカルだ」と直感したことから、運命が大きく変わります。
ただし、当時はまだ新しいドラマーが決まらず、天井からぶら下げたマイクに向かって歌いながらドラムを叩くという、なかなかすごいスタイルで練習していたそうです。想像するとちょっと面白くて、でもすごく熱いですよね。
● 1990〜1993年:上京と葛藤の日々
高校卒業後、GLAYで成功するために上京。トッパングラビア東京に勤務しますが、バンドとの両立が難しく試用期間明けで退職。その後も、さまざまな仕事を掛け持ちしながら音楽を続けます。
この時期は苦労も多かったはずですが、あきらめない姿勢や仲間との絆が、今のGLAYを形作ったんだと感じます。
● 1994年:「RAIN」でメジャーデビュー
そしてついに、1994年5月25日。GLAYは「RAIN」でメジャーデビューを果たします。

ここから日本のロックシーンを大きく変えていく歴史が始まるわけですね。
メジャーデビュー後の飛躍と多彩な活動
1994年に「RAIN」でメジャーデビューしたGLAYは、そこから一気に日本の音楽シーンを駆け上がっていきます。TERUさんの伸びやかで感情豊かな歌声は、多くのリスナーの心をつかみ、平成を代表するバンドとしての地位を確立していくことになります。
● デビュー後の快進撃
ポップでありながらロックの芯をしっかり持つGLAYの音楽は、若者を中心に大きな共感を呼びました。ライブ動員数の記録やオリコンランキングでの躍進など、数えきれないほどの功績を残していきます。
TERUさん自身も、ボーカリストとしての表現力が年々増し、歌い方や声の使い方がどんどん進化していきました。まさに“成長し続けるアーティスト”という印象です。
● ラジオ番組「TERU ME NIGHT GLAY」
1996年から続くbayfm78の長寿番組『TERU ME NIGHT GLAY』も、TERUさんの活動を語るうえで欠かせません。2005年には開始10周年を記念し、なんと合計10,050人が参加した公開録音を実施。「史上最大のラジオ番組公開録音」としてギネス申請されたほどです。
● CM出演など音楽以外の活動
2000年代以降は、音楽以外でも活躍の場を広げていきます。公共広告機構(現:ACジャパン)のCMに出演したほか、江崎グリコの「みんなに笑顔を届けたい。」シリーズCMにも登場。爽やかで親しみやすいイメージが画面越しにも伝わりました。
● 社会貢献への積極的な参加
メジャー活動と並行して、TERUさんはさまざまな社会貢献活動にも参加しています。地雷除去活動「ZERO LANDMINE」や「ホワイトバンドフェス」への参加、東日本大震災でのチャリティソング公開など、音楽を通して“誰かを支えたい”という強い想いを形にしてきました。

こうした姿勢は、ファンだけでなく多くの人から尊敬される理由のひとつだと感じます。
TERUの社会貢献とキャンペーン活動
音楽活動と同じくらい印象的なのが、TERUさんが続けてきた社会貢献への取り組みです。バンドとして、個人として、さまざまなプロジェクトに関わりながら、人々の心に寄り添う活動を続けてきました。
● 2001年:地雷除去プロジェクト「ZERO LANDMINE」
坂本龍一さんを中心に立ち上げられた「ZERO LANDMINE」。世界の地雷問題を伝え、支援の輪を広げるためのチャリティーソングに、TERUさんもボーカルとして参加しました。多くのアーティストが参加した歴史的なプロジェクトで、音楽が持つ力を実感させてくれる活動でした。
● 2005年:「ほっとけない 世界のまずしさキャンペーン」
同年に開催されたWhite Band FES.でもGLAYとして参加し、貧困問題を広く伝える役割を担いました。ステージの上だけでなく、社会的なテーマに向き合う姿勢もTERUさんの大きな魅力です。
● 2007〜2008年:ACジャパンの「エイズ啓発CM」出演
TERUさんは公共広告機構(現:ACジャパン)の啓発CMに2年間出演し、エイズに対する正しい理解を広めるメッセージを発信しました。優しい声と真っ直ぐな語り口は、多くの視聴者の心に残りました。
● 2011年:東日本大震災でのチャリティ活動
震災発生後、TERUさんたちは新曲を無料公開。後にチャリティソング「Thank you for your love」として正式リリースし、支援の気持ちを音楽として届けました。こうした迅速な行動は、ファンの間でも深く評価されています。
● 南三陸町でのシークレットライブ
2012年には、江崎グリコとTOKYO FMの企画による被災地支援活動で、TAKUROさんと共に宮城県南三陸町を訪問。地元の方々に向けてシークレットライブを行い、直接“音”を届けるという特別な時間となりました。
● 地元・函館での活動
最近では、TERUさん自身の声を「音の可視化」というテーマで描いた作品を展示する作品展を、函館のあうん堂ホールで開催するなど、地元を大切にした取り組みも目立っています。

こうして見ていくと、TERUさんはただのロックシンガーではなく、社会のために行動する“優しいリーダー”の姿が浮かび上がってきますね。
TERUの社会貢献とキャンペーン活動
音楽活動と同じくらい印象的なのが、TERUさんが続けてきた社会貢献への取り組みです。バンドとして、個人として、さまざまなプロジェクトに関わりながら、人々の心に寄り添う活動を続けてきました。
● 2001年:地雷除去プロジェクト「ZERO LANDMINE」
坂本龍一さんを中心に立ち上げられた「ZERO LANDMINE」。世界の地雷問題を伝え、支援の輪を広げるためのチャリティーソングに、TERUさんもボーカルとして参加しました。多くのアーティストが参加した歴史的なプロジェクトで、音楽が持つ力を実感させてくれる活動でした。
● 2005年:「ほっとけない 世界のまずしさキャンペーン」
同年に開催されたWhite Band FES.でもGLAYとして参加し、貧困問題を広く伝える役割を担いました。ステージの上だけでなく、社会的なテーマに向き合う姿勢もTERUさんの大きな魅力です。
● 2007〜2008年:ACジャパンの「エイズ啓発CM」出演
TERUさんは公共広告機構(現:ACジャパン)の啓発CMに2年間出演し、エイズに対する正しい理解を広めるメッセージを発信しました。優しい声と真っ直ぐな語り口は、多くの視聴者の心に残りました。
● 2011年:東日本大震災でのチャリティ活動
震災発生後、TERUさんたちは新曲を無料公開。後にチャリティソング「Thank you for your love」として正式リリースし、支援の気持ちを音楽として届けました。こうした迅速な行動は、ファンの間でも深く評価されています。
● 南三陸町でのシークレットライブ
2012年には、江崎グリコとTOKYO FMの企画による被災地支援活動で、TAKUROさんと共に宮城県南三陸町を訪問。地元の方々に向けてシークレットライブを行い、直接“音”を届けるという特別な時間となりました。
● 地元・函館での活動
最近では、TERUさん自身の声を「音の可視化」というテーマで描いた作品を展示する作品展を、函館のあうん堂ホールで開催するなど、地元を大切にした取り組みも目立っています。

こうして見ていくと、TERUさんはただのロックシンガーではなく、社会のために行動する“優しいリーダー”の姿が浮かび上がってきますね。
TERUが参加した作品とコラボレーション
GLAYのボーカルとしての活動はもちろん、TERUさんは他アーティストとのコラボレーションや、ゲストボーカルとしての参加もとても多いんです。ここでは、印象的な参加作品やユニット活動をまとめてご紹介します。
● Rally(HISASHIとのユニット)
BUCK-TICKのトリビュートアルバム『PARADE〜RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK〜』で「悪の華」をカバー。GLAYとはまた違う、ダークで重厚な雰囲気が魅力の一曲です。
● ボーカル参加作品
- D.I.E.「ダイアルMの女」
- D.I.E.「JEWEL (featuring TERU)」
- TOSHI NAGAI「A tes amours! A vos amours!」
- MCU「STILL LOVE」
- 城田優×TERU&HISASHI from GLAY「それでも」
- 松本孝弘「落陽」
ジャンルもコラボ相手も幅広く、TERUさんの声がどんな曲にも自然に馴染むのがすごいところ。柔らかさと力強さのバランスが絶妙なんですよね。
● コーラス参加作品
- 中山美穂「LOVE CLOVER」
- MISIA「冬のエトランジェ」
- 五月天(Mayday)「候鳥」
- 氷室京介「SAY SOMETHING」
こうして見ると、「えっ、この曲にも!?」と驚くラインナップばかり。しかもコーラスでの参加は、TERUさんの繊細な表現力が特に際立つ場面なんです。
● 作詞・作曲作品
自身がフロントに立つだけでなく、作家としての顔も持っています。
- Samantha Thavasa Family「ONE -we are one-」(作詞・作曲・ボーカル参加)
- PENTAGON「COSMO」(作詞・作曲)
- Milky Bunny「HALLOWEEN ADDICT」(作曲)
● 台湾のスターMaydayとの共演
台湾の国民的バンド・Mayday(五月天)のベストアルバム『Mayday×五月天 the Best of 1999-2013』収録曲「Dancin’ Dancin’ feat. TERU (GLAY)」ではフィーチャリングボーカルを担当。国境を越えたコラボで、アジアの音楽ファンの間でも話題になりました。

コラボ作品を通して感じるのは、TERUさんが“声で表現すること”そのものを心から楽しんでいるということ。どの曲にも優しい温度感があって、聴いた後にふっと心がほぐれるような魅力があります。
TERUが使用してきたギター
GLAYのライブやレコーディングで、TERUさんがギターを手にしている姿を見たことがある方も多いはず。ここでは、彼が特に愛用してきたギターを紹介していきます。楽器から伝わる世界観って、アーティストの個性そのものなんですよね。
● K.Yairi YD-88BK(エレクトリックアコースティックギター)
TERUさんがステージでよく持つエレアコのひとつ。サウンドホールのない独特な薄型ボディが特徴で、見た目もスタイリッシュ。クリアで優しいサウンドが、バラード曲と相性ぴったりです。
● Gretsch G6128T-53 Vintage Select ’53 Duo Jet
TERUさんが初めて手にしたエレキギターとして知られる一本。「デストピア」でのレコーディングにも使用されており、力強くも繊細な音を表現できる名機です。Gretschらしいキラッとしたサウンドが魅力的なんですよ。
● K.Yairi BL-130SP(アコースティックギター)
温かいトーンが特徴のK.Yairiのギター。ライブでも使用されており、歌との調和がとても美しい一本です。アコースティックセットのときに聴くと、TERUさんの声とギターが溶け合うような不思議な心地よさを感じます。

ギターを眺めていると、それぞれの楽器と一緒に積み重ねてきた“音の記憶”があるんだろうな…と想像してしまいますね。どのギターも、TERUさんの音楽人生を支える大切な相棒たちです。
TERUの魅力を知るならまず聴きたい「完全ベスト」1993〜2009
GLAYの歴史を語るうえで欠かせないのが、デビューから黄金期までを網羅したこのベスト盤。TERUさんの声がどんなふうに成長し、どの瞬間に輝きを放っていたのか……その流れが一気に味わえる一枚です。
特に1990年代後半〜2000年代前半は、GLAYが日本の音楽シーンの中心に立っていた時期。ライブ動員数の記録を次々と更新し、ミリオンヒットを連発していたあの空気感が、曲の中から鮮やかによみがえります。
「HOWEVER」「Winter, again」「BE WITH YOU」など、誰もが一度は耳にした名曲が並んでいて、思わず胸がじんと温かくなるようなラインナップなんですよ。
▼DRIVE 1993~2009 -GLAY complete BEST
デビューから黄金期まで、GLAYの成長とTERUさんの歌声の“変化と輝き”が詰まった決定版。

改めて聴くと、「この曲ってこんなに深かったんだ…」と気づく瞬間がたくさんあって、GLAYの歩みそのものを体感できる作品です。初めての方にも、久しぶりにGLAYを聴きたい方にもおすすめですよ。
最新のGLAYとTERUを味わうなら「2010〜2026 BEST」
黄金期を駆け抜けたGLAYは、2010年代以降も精力的に活動を続けています。音楽性の幅がさらに広がり、大人の深みが増したTERUさんの歌声が楽しめるのが、この「2010〜2026」のベスト盤です。
この時期のGLAYは、デビュー当時の勢いとはまた違う魅力が生まれています。人生経験や時代の変化を自然に取り込み、音楽の表現力がより豊かになっているのが特徴です。
「さよなら冬のバラード」「HEROES」「G4シリーズ」など、ライブでも定番となった楽曲が並び、最新のGLAYをしっかり味わえる内容になっています。
▼DRIVE 2010~2026 -GLAY complete BEST
成熟したGLAYのサウンドと、深くあたたかさのあるTERUさんの声を感じられる最新ベスト。

初期のGLAYが好きな方も、新しい魅力に気づけるはず。最近の楽曲はアレンジも洗練されていて、もう一度じっくり聴きたくなるものばかりです。
まとめ
TERUさんの人生や活動をたどっていくと、歌の魅力だけでなく、人柄のあたたかさや仲間思いな姿勢、そして社会に向き合う真っ直ぐな気持ちがたくさん見えてきます。
ドラマーから始まった音楽人生が、偶然の出会いや仲間との絆によってボーカリストへとつながり、その後は日本の音楽シーンを大きく動かす存在へと成長していく…。まるで映画のようなストーリーですが、それを現実にしてきたのがTERUさんなんですよね。
平成のカルチャーを語る上で、GLAYは欠かせない存在。楽曲を聴き返すと、その時代の空気感や自分自身の思い出まで一気によみがえってくるから不思議です。
この記事が、TERUさんやGLAYの魅力を再発見するきっかけになれば嬉しいです。気になる作品があれば、ぜひベスト盤から聴いてみてくださいね。
これからの活動もますます楽しみですし、新しい歌声に出会える日が待ち遠しいですね♪
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よくある質問
- QTERUの声が「神がかっている」と言われるのはなぜ?
- A
TAKUROさんが家に置いていったデモテープに、TERUさんが何気なく歌を入れたところ、その声に強く惹かれたのがきっかけです。「この声で歌うべきだ」と直感したことでボーカル転向が決まり、多くの人に“神がかった声”と言われるようになりました。
- QTERUが作詞・作曲を手がけた代表曲は?
- A
Samantha Thavasa Family名義の「ONE -we are one-」をはじめ、PENTAGON「COSMO」など、多彩な作品に携わっています。作り手としてのセンスも高く評価されています。
- QTERUの絵画作品はどこで見られる?
- A
2023年には、函館の「あうん堂ホール」で自身の歌声をテーマにした作品展「音の可視化」を開催。芸術家としての感性にも触れられる貴重な展示でした。



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