GLAYとは?平成を代表するロックバンドの軌跡と30年の進化

音楽

はじめに:平成を彩ったロックの象徴「GLAY」

あのイントロを耳にした瞬間、胸の奥がざわつく――。
HOWEVER」や「Winter,again」を聴くと、平成という時代の空気がふっと蘇るという人も多いのではないでしょうか。

1990年代、日本中がCDと音楽番組の熱狂に包まれていた頃、GLAYはその中心にいました。
北海道・函館から上京した4人の青年たちは、圧倒的なメロディセンスとまっすぐな歌詞で時代を掴み、やがて「平成のロック」を象徴する存在へと成長します。

この記事では、そんなGLAYの結成から30周年を迎える現在までの歩みをたどりながら、
彼らがなぜこれほど長く愛され続けているのか、その理由をひも解いていきます。

デビューから現在まで、数々の名曲とともに私たちの人生に寄り添ってきたGLAY。
成功の裏には、知られざる苦悩や葛藤、そして“解散しないバンド”という強い信念がありました。

平成を生きた人も、令和で初めてGLAYを知った人も――
この記事を読み終えるころには、きっとまたGLAYの曲を聴きたくなっているはずです🎸


第1章:結成とデビュー ― 北海道から始まった物語

物語は1988年、北海道・函館。
まだ高校生だったTAKUROTERUが中心となり、のちに日本の音楽史を変えるバンドGLAYが産声を上げました。

当初、TERUはドラム担当でした。
しかし、ある日TAKUROがTERUの歌声を聴き、「お前が歌うべきだ」と強くすすめたことが転機となります。
この瞬間、GLAYというバンドの軸――“メロディで心を動かすロック”――が生まれたのです。

函館のライブハウスで地道に活動を重ねながら、GLAYは少しずつ評判を集めていきます。
その後、活動拠点を東京へ移すと、ベースのJIROとギターのHISASHIが加入。現在の4人編成が完成しました。

転機は1993年。
X JAPANのYOSHIKIが彼らのライブを観て衝撃を受け、インディーズレーベル「EXTASY RECORDS」と契約。
この出会いがGLAYを全国へと押し上げるきっかけとなりました。

1994年、インディーズアルバム『灰とダイヤモンド』とシングル『RAIN』を同時リリースし、いよいよメジャーデビュー。
当時の彼らはまだ20代前半。けれどそのサウンドは、どこか大人びていて切実で、どこまでもまっすぐでした。

ちなみに「GLAY」という名前は、TAKUROが作った造語。
“白(ポップス)でも黒(ロック)でもない、灰色の音楽”――そんな想いが込められています。
まさに、ジャンルにとらわれないGLAYの音楽性を象徴する名だったのです。

小さな街の高校生バンドが、東京の音楽シーンに挑み、そして世界へと羽ばたいていく。
GLAYの物語は、ここから本格的に動き始めました。


第2章:サウンドの進化と音楽性の深さ

GLAYの音楽を一言で表すのは難しいかもしれません。
ロックでもあり、ポップでもあり、時にバラード、時にハード。
それでも共通しているのは、どの曲にも「人の心に寄り添う温度」があるということ。

出典:GLAY公式Youtubeチャンネル@GLAY_official

リーダーでありメインソングライターのTAKUROは、デビュー当初から作詞・作曲の大部分を担当してきました。
彼の作るメロディは、どこか懐かしく、そして儚い。
それは、北海道で育った彼の感性が滲み出ているのかもしれません。

GLAYの音楽性は、「音のでかいフォークバンド」というHISASHIの言葉に集約されています。
つまり、フォークソングのように“人の気持ちを歌う”姿勢を、ロックの音圧で表現する――それがGLAY流。
だからこそ、激しいギターリフの中にもどこか優しさがあるのです。

1990年代後半には、彼らのサウンドが一気に洗練されていきます。
プロデューサーの佐久間正英土屋昌巳といった実力派の支えもあり、
『BELOVED』『HOWEVER』『Winter,again』といった名曲が次々に生まれました。

特に『HOWEVER』は、当時の日本のポップスシーンを象徴する一曲。
TAKUROはこの曲を作る際、安室奈美恵の『CAN YOU CELEBRATE?』に学んだと語っています。
同じく『誘惑』は、T.M.Revolutionの『WHITE BREATH』に触発されて制作されたそうです。
流行を取り入れながらも、GLAYらしい「温もりあるロック」に昇華するバランス感覚は見事です。

また、2010年代以降は共同プロデューサーに亀田誠治を迎え、
音の厚みとポップさを融合させた新しいGLAYサウンドを確立しました。
さらに、メンバー全員が作曲する「G4シリーズ」では、4人それぞれの個性が存分に発揮されています。

GLAYの音楽は、単なるヒットソングの集合ではありません。
時代ごとの想いやメッセージが詰まった“人生のサウンドトラック”。
それが、彼らが何十年経っても色あせない理由のひとつです。


第3章:社会現象となった黄金期(1996〜2000)

1990年代後半――日本の音楽シーンにおいて、GLAYはまさに“頂点”に立っていました。

1996年に発売されたアルバム『BEAT out!』で初のオリコン1位を獲得。
続く『BELOVED』では、ついにミリオンセラーを達成します。
そして1997年、初のベストアルバム『REVIEW -BEST OF GLAY-』が累計480万枚を突破。
当時の日本アルバム売上記録を塗り替えるほどの驚異的ヒットとなりました。

HOWEVER』、『誘惑』、『SOUL LOVE』、『Winter,again』……。
これらの曲が次々と街中で流れ、カラオケランキングの上位を独占。
まさに「誰もがGLAYを口ずさんでいた時代」でした。

1999年7月31日、幕張メッセ駐車場で開催された『GLAY EXPO ’99 SURVIVAL』では、
なんと20万人を動員。単独アーティストとしては当時の世界記録を樹立しました。
ライブチケットの予約開始時には全国の電話回線がパンクし、社会現象となったほどです。

出典:GLAY公式Youtubeチャンネル@GLAY_official

ライブ会場では観客が一斉に腕を振り下ろす「GLAYチョップ」が定番化。
この一体感こそ、GLAYが国民的バンドと呼ばれる所以でした。

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この時代、GLAYは単なるバンドではなく、人々の心の風景でした。
彼らの楽曲が流れるたびに、恋や友情、青春の記憶が蘇る――そんな存在になっていたのです。

第4章:著作権訴訟と独立 ― 苦闘の時代

黄金期の眩しい光の裏側で、GLAYは大きな“影”と向き合うことになります。
それが、著作権と印税をめぐるトラブルでした。

2000年代初頭、所属事務所や音楽出版社との間で、楽曲使用料の未払い問題が発覚。
きっかけは、かつての契約先だった「バーニングパブリッシャーズ」との間で起きた印税支払いの遅延でした。
裁判の末、GLAY側の主張が認められ、支払いが命じられます。

しかし、今度は所属事務所「アンリミテッドグループ」側にも未払いが発生。
GLAYは自らの権利を守るため、再び法廷に立つ決意をしました。
この訴訟は数年にわたる長い戦いとなり、最終的に6億7,000万円の支払い命令を勝ち取ります。

表舞台では笑顔を見せながらも、裏では音楽家としての尊厳をかけた闘争。
その経験を経て、GLAYは2007年までに自らの権利をすべて取り戻すことになります。
楽曲の原盤権、ファンクラブ運営、ライブ映像の権利……。
それらはすべて、TAKUROが率いる自主レーベル「LSG」に移管されました。

つまり、彼らは“音楽を取り戻したバンド”なのです。
この独立は、単なるビジネス上の決断ではなく、「GLAYらしい音楽を自由に届けたい」という信念の証でした。

そして、その後の彼らの歩みを見ると、この決断がいかに正しかったかがわかります。
2000年代後半以降のGLAYは、より自由に、より誠実に音楽と向き合うようになっていきました。

余談ですが、2017年には「結婚式でGLAYの曲を使う場合、著作隣接権を徴収しない」という発表も話題に。

「ファンの人生の節目に、GLAYの音楽を自由に使ってほしい」――。
その姿勢こそ、彼らの原点である“人の心に寄り添うロック”そのものでした。


第5章:解散危機と再出発の物語

どんなに成功を収めたバンドにも、避けられない壁があります。
GLAYも例外ではありませんでした。

1999年――『Winter,again』が大ヒットし、
日本レコード大賞の大賞を受賞した年。
まさに頂点に立ったその瞬間、GLAYは解散の危機を迎えていました。

あまりにも急激な成功と、周囲からのプレッシャー。
メンバーの中には、「このまま続けていいのか」という迷いも生まれていたと言います。
受賞の喜びよりも、“これ以上何を目指せばいいのか”という虚無感が大きかったのです。

しかし、年明けに4人で集まって飲んでいる時、TERUがふと口にした言葉がきっかけで空気が変わります。
「……で、なんで解散するんだっけ?」
その瞬間、みんなが笑い、空気が一気に和らいだそうです。
彼らは改めて「やっぱりGLAYが好きだ」という気持ちを確認し、危機を乗り越えました。

けれど、それは終わりではありませんでした。
2000年の春ツアー中、今度はベースのJIROがバンドの方向性に悩み、脱退寸前にまで追い込まれます。
音楽性や将来への不安、個人としての表現の模索――それらが重なった時期でした。

最終的に、メンバー同士で何度も語り合い、
「GLAYは誰か一人が欠けても成立しない」という結論に辿り着きます。
この出来事を経て、4人の絆はさらに強くなりました。

こうしてGLAYは、再び前を向くことを選びます。
成功も苦悩もすべて受け入れ、バンドとして“新しい始まり”を迎えたのです。

彼らがこれほど長く続いている理由――。
それは、音楽だけでなく「人」として信頼し合える関係を築いてきたからにほかなりません。

この絆があったからこそ、GLAYはその後の時代も乗り越えていくことができたのです。


第6章:デジタル時代のGLAY ― アプリと配信で進化するバンド

時代はCDからストリーミングへ。
平成の音楽シーンを駆け抜けたGLAYも、デジタルの波にしなやかに乗り換えていきました。

2018年、GLAYは“ファンファースト”を掲げ、公式サブスクリプション型アプリ「GLAYアプリ」をリリース。
ライブ映像や未発表音源、限定トークなど、ファンだけが楽しめるコンテンツを多数配信しました。
このアプリの誕生により、GLAYはファンと「距離ゼロ」の関係を築くことに成功します。

さらに2021年10月には、SpotifyやApple Musicなどの主要音楽配信サービスで、
なんと全453曲のサブスク配信を解禁。
平成を代表する楽曲が、再び若い世代の耳へ届くようになりました。

この流れの中で印象的なのは、GLAYが常に“時代を恐れない”姿勢を見せていること。
CD全盛期を支えた彼らが、今度はデジタルの世界で「音楽の自由」を取り戻しているのです。

ライブでもARやVR技術を導入するなど、テクノロジーを積極的に活用。
「ファンと一緒に未来を作る」というテーマが、彼らの活動全体に通底しています。

どれほど時代が変わっても、GLAYが掲げるメッセージは変わりません。
それは――「音楽は誰かの人生を支える力になる」という信念。
その想いがある限り、GLAYはどんな時代でも進化し続けるのです。


第7章:30周年プロジェクトと未来への宣言

デビューから30年――。
平成のロックを象徴したGLAYは、令和の時代に入っても歩みを止めませんでした。

2024年、彼らは活動の原点である「GLAY EXPO」をテーマに、30周年プロジェクトをスタート。
そのキービジュアルを手がけたのは、漫画『ONE PIECE』の作者・尾田栄一郎
「友情」「冒険」「信念」――GLAYの精神を見事に表現したビジュアルとして話題を呼びました。

6月にはベルーナドームで記念ライブ「GLAY 30th Anniversary GLAY EXPO 2024-2025」を開催。
セットリストは、ファン投票で選ばれた過去ツアー曲を再現する構成。
観客の涙と歓声が交錯する、まさに“30年の集大成”となりました。

色鉛筆で書いた千のナイフが胸に刺さってそうな日本のヴィジュアル系ロックバンドのイメージイラスト(Heisei Archive)

さらに、2024年10月には30周年記念アルバム『Back To The Pops』をリリースし、オリコン1位を獲得。
翌2025年4月には、ベストアルバム2作『DRIVE 1993〜2009』と『DRIVE 2010〜2026』を同時発売。
後者には新曲『悲願』が収録され、小田和正との夢のコラボレーションが実現しました。


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2025年春には東京ドーム・京セラドームで「GLAY EXPO 2024-2025 GRAND FINALE」を開催。
YUKIやhydeといった豪華ゲストも登場し、まさに“平成から令和への橋渡し”のようなステージとなりました。

TAKUROはその最後のMCでこう語っています。
「GLAYは解散しない。僕たちは、みんなの人生と一緒に歩いていく。」

それは、30年間の歩みの集約であり、未来への宣言でもあります。

GLAYは、懐かしさの中にいつも“新しさ”を見つけるバンド。
だからこそ、世代を超えて愛され続けているのです。


まとめ:GLAYが平成のロックに刻んだもの

GLAYの30年は、単なるヒットの歴史ではありません。
それは、時代と人の心に寄り添い続けた「共感の物語」です。

地方の高校生バンドから始まり、数千万枚のCDセールスを記録し、
日本の音楽シーンに革命を起こしたGLAY。
その裏には、権利を守るための闘い、仲間との衝突、そして再出発という人間的なドラマがありました。

けれど、どんな時も彼らの中心にあったのは「音楽を愛する気持ち」と「ファンへの感謝」。
だからこそ、GLAYの歌にはいつまでも“人の温度”が感じられるのです。

時代は変わっても、GLAYのメロディはきっと誰かの心を支え続ける。
それが、平成という時代に彼らが刻んだ最大の遺産ではないでしょうか。

最後に、もしあなたが久しぶりにGLAYの曲を聴きたくなったなら、
ぜひこのベストアルバムから“あの頃の音”を再び感じてみてください。

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GLAYの音楽は、今もこれからも、私たちの人生と共にあります。



よくある質問

Q
GLAYの代表曲はどれ?
A

GLAYを代表する曲といえば、やはり『HOWEVER』『誘惑』『SOUL LOVE』『Winter,again』など。
これらは今もなおカラオケランキング上位の常連で、世代を超えて歌い継がれています。

Q
GLAYは解散しないの?
A

2025年、リーダーのTAKUROが「GLAYは解散しない。僕たちは生涯現役でいる」と明言しました。
この“解散しない宣言”こそ、GLAYがファンとの信頼関係を最も大切にしている証です。

Q
どこでGLAYの楽曲を聴ける?
A

SpotifyやApple Musicなどのサブスクで全453曲が配信中。
さらに公式の「GLAYアプリ」ではライブ映像や限定音源も楽しめます。
CDでじっくり聴きたい方は、30周年記念ベストアルバムもおすすめです🎧

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