はじめに
2018年に開催された平昌オリンピックは、アジアで20年ぶりに開かれた冬季大会として、世界中から大きな注目を集めました。日本代表のメダルラッシュや、思わず胸が熱くなる名シーンが生まれた一方で、政治の緊張、運営トラブル、そして国際社会の思惑が複雑に絡み合う“裏側のドラマ”も存在しました。
この記事では、あの大会がどんな雰囲気だったのか、どんな出来事が起きていたのかを、当時を思い出しながらやさしく整理していきます。活躍した選手の魅力はもちろん、北朝鮮の参加やロシア(OAR)問題など、ニュースでは追い切れなかった部分までしっかり振り返りますね。
「平昌ってどんな大会だったっけ?」
「日本の選手ってどんな活躍をしたの?」
「なぜ“波乱の五輪”と呼ばれたの?」
そんな疑問をすべてまとめて解消できるように構成しているので、オリンピック史を振り返りたい方はもちろん、“平成という時代の大きなイベント”をもう一度見つめ直したい方にも楽しんでいただけると思います。それでは、一緒にあの17日間をたどっていきましょう。
第1章 平昌オリンピック2018の基本情報
● 開催概要
平昌オリンピックは、2018年2月9日〜25日の17日間にわたって開催されました。舞台となったのは、韓国・江原道の平昌郡や江陵市。大会テーマは「Passion. Connected.」。 “情熱で世界をつなぐ” という想いが込められていました。
立候補した都市の中から平昌が選ばれたのは、2011年のIOC総会。ミュンヘン、アヌシーを抑えての決定で、韓国としては初めての冬季オリンピックとなりました。
参加した国・地域は92。選手数は約3,000人と、冬季五輪としては史上最多クラス。エクアドル、マレーシア、ナイジェリアなど、冬季競技に縁の薄かった国々の初参加も話題になりました。
● 新しく加わった競技
平昌大会では、いくつかの新種目も登場しました。
- スノーボード:ビッグエア
- カーリング:混合ダブルス
- スピードスケート:マススタート
- アルペンスキー:混合団体
特にスノーボードのビッグエアはダイナミックな空中技が魅力で、若い世代にも人気の高い種目として注目を集めました。
● マスコットとエンブレム
マスコットは白虎の「スホラン」。韓国では虎が守護の象徴とされており、勇気と友情のキャラクターとして親しまれました。エンブレムのモチーフはハングルの「ㅍ(p)」と「ㅊ(ch)」で、平昌の頭文字をスタイリッシュに表現しています。
● アジアで20年ぶりの冬季五輪
アジアでの冬季オリンピックは、1998年の長野以来20年ぶり。雪上文化や冬季スポーツの発展が再び注目を集めるきっかけにもなりました。

日本にとっても “長野以来の大きな冬の祭典” という空気があり、自然と期待が高まっていたのを覚えている方も多いはずです。
第2章 競技会場と実施された種目
平昌オリンピックでは、競技の内容に合わせて会場が大きく2つのエリアに分けられていました。山岳地域で行われるダイナミックな雪上競技と、海沿いの都市・江陵で行われる屋内競技。特徴がまったく異なるため、観客としても“移動するだけで雰囲気が変わる”面白さがありました。
● 平昌マウンテンクラスター(山岳エリア)
雪上競技のほとんどが行われたメインエリアです。標高が高く風も強い地域のため、選手にとっては技術だけではなく“自然との戦い”が色濃く出る場所でもありました。
- 平昌オリンピックスタジアム(開会式・閉会式)
- アルペンシア・スキージャンプセンター(スキージャンプ/ノルディック複合/スノーボード・ビッグエア)
- アルペンシア・スライディングセンター(ボブスレー/リュージュ/スケルトン)
- 龍平アルペン競技場(アルペンスキー 回転・大回転)
特にスキージャンプの会場は“強風の名所”と言われるほどの環境で、選手たちの集中力が試される大会となりました。
● 旌善(チョンソン)アルペンセンター
滑降やスーパー大回転など、スピード系のアルペンスキーが行われたエリアです。高速で駆け抜ける競技だけあって、コース全体の迫力は圧巻。テレビの画面越しでもスピードが伝わり、白銀の世界を切り裂く選手たちの姿が印象的でした。
● 江陵コースタルクラスター(海岸エリア)
こちらは海沿いの都市・江陵に集まった屋内競技の会場群。フィギュアスケートやカーリングなど、多くの日本人が注目していた競技がここで行われました。アクセスが良く設備も整っていたため、観客にとっては快適な観戦エリアでもありました。
- 江陵アイスアリーナ(フィギュアスケート/ショートトラック)
- 江陵オーバル(スピードスケート)
- 江陵カーリングセンター(カーリング)
● 15競技102種目の全体像
平昌大会では、全部で15競技102種目が実施されました。 ジャンプ、スノーボード、フィギュア、スピードスケート、ボブスレー…と、冬季五輪ならではの多種多様な競技が揃い、毎日どこかでドラマが生まれていたのが印象的です。

これほど多くの競技が同時進行する五輪は、まさに“冬の総合エンターテインメント”。スポーツ好きはもちろん、普段あまり競技を見ない人も、思わずテレビの前に釘付けになった大会でした。
第3章 日本勢のハイライト
平昌オリンピックは、日本にとって「冬季史上最高クラスの成果」を残した大会でした。とくに女性選手の活躍がめざましく、毎日のように明るいニュースが飛び込んできましたね。ここでは、日本代表の活躍を一緒に振り返っていきます。
● スピードスケート:黄金世代が躍動
大会を象徴するのが、女子スピードスケート陣の勢いです。 1000mでは、小平奈緒選手が銀、髙木美帆選手が銅を獲得し、五輪で初めて日本女子が同一種目でダブル表彰台という歴史的瞬間が生まれました。
さらに、女子500mでは小平奈緒選手が五輪新記録で金メダル。日本女子として初のスピードスケート金メダルという快挙です。国際舞台でも絶対的な強さを見せつけ、リンクの空気が一気に沸き立ったのを覚えている方も多いはずです。
● 団体パシュート:息の合った “世界最高のチーム”
そして忘れられないのが、女子団体パシュート。 髙木美帆選手、髙木菜那選手、佐藤綾乃選手の3人が見せた完璧なチームワークは「世界最強」という言葉がぴったりでした。レース終盤の加速しながらの追い抜きは鳥肌モノ。五輪新記録を刻んでの金メダルは、日本のチーム力の象徴と言えます。
● 女子マススタート:髙木菜那、初代女王へ
新種目のマススタートでは、髙木菜那選手が巧みな駆け引きで金メダルを獲得。 レース終盤での鮮やかなスパートはまさに“芸術”。同一大会で複数金メダルを手にした日本人女子選手は史上初のことでした。
● フィギュアスケート男子:日本人初の五輪連覇
世界中が注目した男子シングルでは、日本選手が五輪での個人種目 66年ぶりの連覇 を達成しました。ケガからの復帰という厳しい状況での演技は、まさに奇跡のようなドラマ。もう1人の日本選手も表彰台に乗り、日本勢としては史上初のダブルメダルとなりました。
リンクに舞ったあの瞬間、テレビ越しでも伝わってくる熱気に胸がぎゅっと熱くなった方、多いのではないでしょうか。
● カーリング女子:ロコ・ソラーレの“そだねー”旋風
カーリング女子のロコ・ソラーレも大きな話題に。戦略とチームワークが光るプレーで、見事銅メダルを獲得。日本のカーリング史上、初めてのメダルという快挙でした。
試合中に何気なく交わされる「そだねー」が社会現象になり、おやつタイムまでニュースになるなど、カーリングの魅力を多くの人に広めた大会でもありました。
● 世界が驚いた“二刀流”の快挙
もちろん世界的にも大きな注目を集めた瞬間がありました。 チェコのエステル・レデツカ選手が、アルペンスキー(スーパー大回転)とスノーボード(パラレル大回転)という全く別ジャンルの2種目で金メダルを獲得。五輪史上初の“二刀流制覇”として語り継がれています。

日本の活躍と世界の名シーンが重なり、平昌オリンピックは多くの人にとって“忘れられない冬”となりました。
第4章 大会の裏側で起きていた政治・国際問題
平昌オリンピックは、華やかな競技の一方で「国際政治の縮図」とも言える複雑な動きがいくつも交錯していました。 スポーツの祭典でありながら、時に国家の思惑が表に出てしまう──それがオリンピックの難しさでもあります。
● ロシア選手団(OAR)問題とは?
開催前から世界が注目していたのが、ロシアの組織的ドーピング問題です。 IOCはロシアオリンピック委員会を資格停止処分とし、国旗・国歌の使用を禁止しました。
ただし、ドーピング歴がないと証明された選手には「ロシアからのオリンピック選手(OAR)」として個人参加が認められました。 中立旗での出場は異例の措置で、会場でも独特の緊張が漂っていました。
さらに大会期間中、OARとして出場していた選手から追加の陽性反応が出たことで、より厳しい視線が向けられる結果となりました。
● 北朝鮮の参加と南北合同チーム
もう一つ大きな話題になったのが北朝鮮の参加です。 大会直前、北朝鮮の最高指導者が突然「代表団を派遣する」と発表し、南北の対話が一気に進みました。
その結果、アイスホッケー女子で史上初の南北合同チームが誕生。しかし、選手選考の公平性やチーム運営の難しさから、各国で賛否が大きく分かれました。
韓国国内でも「政治利用ではないか」「平壌オリンピックだ」など批判が噴出。 オリンピックが政治的メッセージの場として活用されてしまう難しさを、多くの人が感じた瞬間でした。
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● 政治とスポーツの距離が近い大会だった
北朝鮮とロシアの存在感により、平昌オリンピックは「競技以上に政治が話題になった五輪」と言っても過言ではありませんでした。

ただ、それは同時に “オリンピックが国際社会の縮図である” という事実を改めて示した出来事でもあります。
第5章 大会運営を揺るがしたトラブル
平昌オリンピックは多くの感動を生んだ一方で、運営面ではいくつもの課題が浮き彫りになりました。 選手・観客・スタッフ…それぞれの立場で「大変だった」と語られる場面が多く、後に検証の対象にもなっています。
● 強風・極寒による競技の混乱
平昌の山岳地帯はもともと風が強いことで知られていましたが、大会期間中は特に厳しい環境が続きました。
- スキージャンプ:強風で中断を繰り返し、競技が深夜にずれ込む
- スノーボード女子スロープスタイル:強風により多くの選手が転倒、試技が縮小
「選手を危険にさらしているのでは?」 そんな声が世界中から上がるほどの悪条件で、とくに屋外競技の選手たちにとっては非常に厳しい大会でした。
● 放映権の影響で“深夜・早朝”の競技日程に
アメリカのNBCが支払う巨額の放映権料は、五輪運営に大きな影響を及ぼすことで知られています。 平昌大会でも例外ではなく、欧米の視聴時間に合わせるために競技時間が変則的に設定されました。
フィギュアスケートが午前中に行われたり、ジャンプが夜遅くに開催されたりと、選手のコンディション面を不安視する声が多く上がりました。 「選手ファーストはどこへ?」と批判が集中したのも、この点です。
● 食中毒とボランティア辞任の問題
大会直前、警備会社の宿舎でノロウイルスが広がり、数百人規模のスタッフが体調不良に。 急きょ軍人約900人が代役として投入されるという異例の対応が取られました。
さらに、ボランティアの宿泊環境や送迎バスの問題から辞任者が続出。 大会1週間前までに約2,400人が離脱したとされ、運営の逼迫がニュースとなりました。
● 高額チケットと観客の空席問題
開会式や人気競技のチケットが高額だったことや、会場のアクセス・通信環境の不安定さもあって、ところどころで空席が目立ちました。 「せっかくの世界大会なのに…」という声が多く、運営体制の課題が浮かび上がった瞬間でもあります。
● 観る側も“試練”となった大会
現地の寒さは観客にとっても過酷で、防寒具を配布する対策が急遽行われたほど。

「一生の思い出になるけど、とにかく寒かった…」という声がSNSで多く見られ、環境との戦いは選手だけではなかったようです。
第6章 サイバー攻撃の裏側
平昌オリンピックでは、目に見えるトラブルだけでなく“デジタルの世界”でも深刻な問題が起きていました。 大会前後で合計6億回以上のサイバー攻撃が確認され、開会式当日には実際にシステム障害も発生しています。
● 開会式当日のシステムダウン
開会式では、会場内のWi-Fiやインターネットが突如停止。 観客向けサイトやチケット関連のシステムの一部まで停止し、原因究明に追われる事態となりました。
幸い競技自体には大きな影響は出ませんでしたが、「もし競技中だったら…」と考えると背筋が寒くなるほど。五輪がどれほどサイバー攻撃の標的になりやすいかを象徴する出来事でした。
● 後に明らかになった“犯行主体”
この攻撃の背後に誰がいたのか── 当時は不明でしたが、2020年10月、アメリカ司法省およびイギリス政府が「ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)」によるものだったと正式に発表しました。
国家レベルのサイバー攻撃が五輪に向けて行われていたという事実は、多くの国にとって大きな警鐘となりました。 スポーツ大会が、いまや“情報戦”の一部になっていることが示された瞬間です。
● 五輪の新たなリスクとしてのサイバー攻撃
平昌以降、各国は五輪に向けたサイバーセキュリティをより強化するようになりました。 大会運営者だけでなく、選手や報道機関さえも標的になり得るため、「競技の安全を守る」観点が現代の五輪には不可欠になっています。

インターネット時代のオリンピックは、競技場だけでなくネット空間でも同時に守りを固めなければいけない──そんな時代に突入したことを、平昌大会は私たちに強く印象づけました。
第7章 平昌オリンピックが残した“功績と課題”
ここまで見てきたように、平昌オリンピックは光と影がはっきりした大会でした。 日本の華やかな活躍がある一方、多くの運営課題や政治問題も表面化し、オリンピックというイベントの複雑さが浮き彫りになりました。
● 競技レベルの向上と日本勢の存在感
日本は過去最多クラスのメダルを獲得し、特に女性選手たちが世界の舞台で輝きを放ちました。 次の世代にとって大きな刺激となり、ウィンタースポーツの人気を押し上げる結果にもつながっています。
● 国際政治との距離の近さを痛感した大会
北朝鮮の参加やロシアのOAR問題など、スポーツでは語り切れない政治的要素が多く絡んだ大会でもありました。 オリンピックが「世界情勢を映す鏡」であることを改めて感じさせてくれます。
● 運営・環境面での新たな課題
強風、極寒、チケット問題、そしてサイバー攻撃。 “環境”と“デジタル”という2つのリスクが、現代の大型イベントにとってどれほど脅威となるのかを可視化した大会でした。

平昌は、感動だけでなく「これからの五輪はどうあるべきか」を考える大きなヒントを残してくれた大会でもあります。
まとめ
2018年の平昌オリンピックは、日本勢の大活躍と忘れられない名シーンがいくつも生まれた一方で、政治問題・運営トラブル・サイバー攻撃など、まさに“光と影”が同居した大会でした。 スポーツの純粋な感動と、国際情勢が絡む複雑さの両方を私たちに強く印象づけた17日間だったと思います。
ウィンタースポーツの魅力、選手の努力、そしてオリンピックが背負う国際的な意味。 こうした要素が重なり、平昌大会は平成という時代を語る上でも大きな出来事として記憶されています。
この記事を通して、当時の雰囲気が少しでも鮮やかに思い出せたり、オリンピックを違った角度から見つめ直すきっかけになっていたら嬉しいです。 これからの五輪がどう進化していくのか──また次の大会で、新たな物語が生まれるのを楽しみにしたいですね。
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よくある質問
- Qなぜ平昌オリンピックは“寒さと風”が問題になったの?
- A
開催地の平昌は標高が高く、もともと風の強い地域でした。大会期間中は特に気象条件が厳しく、強風や極寒が続いたため、屋外競技では中断や深夜開催が相次ぐ結果になりました。
- Q北朝鮮はなぜ急に参加を表明したの?
- A
政治的なアピールや南北対話の再開を狙った動きとみられています。南北合同チームの結成は象徴的な出来事でしたが、競技の公平性をめぐって各国から賛否が分かれました。
- Qロシアが国旗や国歌を使えなかったのはなぜ?
- A
国家ぐるみのドーピング問題が発覚し、IOCがロシアオリンピック委員会を資格停止処分にしたためです。潔白が証明された選手のみ「OAR(ロシアからのオリンピック選手)」として中立扱いで出場が認められました。



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